09.04.18 佐和山隧道と城跡
オイラにとって、戦国時代の中で最も気になる人物は「石田三成」である
「石田三成」が興した“西軍”が、関ヶ原の戦いにおいて「徳川家康」の“東軍”に敗れ
その後の三成は「奸臣・佞臣・横柄な小人物」と言われ、大変低く評価されている
史実は勝者によって塗りかえられたり、改ざんされるのが常套で
歴史の結果を知る我々は、徳川側の残した多くの情報で三成を評価している
主家豊臣に対する“忠義”を貫き通し
斬首される寸前まで希望を失わなかった三成が気になる・・・と言うかファンである
三成の居城であった“佐和山城跡”の付近に、廃棄となった隧道がある事を知って
この“佐和山”という美味しいポイントに、いつかは出かけてみようと考えていた
そんな時、とっちゃんから「朝駆けに付き合え!」と連絡が入る
天気が良ければ、4/18or19日に
「道の駅 立田ふれあいの里」
早朝ミーティング(6:00~7:30)ってどうですか。(原文のまま)
ソロで行動する時は「適当な時刻にスタート」となるのがほとんどで
この声かけは、そんな自分の怠惰な行動から脱却するキッカケになった
で、当日am5:20
天気予報は快晴であったが、どんよりとした雲が空一面を覆っている
寒くは無いが、不安を残したまま自宅を出る
稲沢を経由してR155に入り南下する
さすがに通行量は少なく、すんなり集合場所(道の駅「立田ふれあいの里」)に到着する

am6:00~am7:30と言うファジーな時刻を指定されたが
とりあえず、最初の時間には間に合った

缶コーヒーで暖を取っている時にとっちゃんの到着

この「朝駆け」は、年中問わずとっちゃんのライフイベントだそうだ
これから11月くらいまでは、都合が合えばお付き合いさせていただきますよん♪

しばらくの団らん後、とっちゃんは垂井へ行くとのことで解散となる
この後オイラはR258に出て北上を開始
県道25号で「二ノ瀬峠」と、国道306号で「鞍掛峠」を越えて彦根に入る
もちろん、タイヤの端を削るような危ない真似はしなかった
国道8号と合流したら目的地のアタックポイントはすぐにあった

現役の「佐和山トンネル」(右)と、歩行者用の「トンネル」(左)である
この現役の車道トンネルは昭和28年の完成だが
成型と思われるアーチが施してあるのがわかる
「隧道宝庫の滋賀県」の面目躍如だ

さて、廃棄となった隧道は民家へ繋がる気がするこの歩道
隧道の竣工された大正13年に「国道8号」があったかどうかわかんないが
車道であったことには間違いない

どんどん進む

やがてアスファルトは途切れて獣道となる
しかも、雨水をたっぷり含んだ土は“ヌカヌカ”である
ブーツでよかった(ドロドロになったけど)

放置されてかなりの年月が経過したのであろう
苔に覆われた年代物の廃車が数台放置されている
ほとんど竹藪と化した“旧車道”を嫌々進みながら、とうとう見つけた

佐和山隧道である
去年12月に出かけた「長野隧道」並の感動だ

↑“扁額”には何て書いてあるのかよくわからん

写真は、シャッタースピードを遅くしているので明るく見えるのだが
実際には、全体が年中日の当たらなそうな日陰であり、ジメジメとした印象である
デザインは先週見学した「賤ケ嶽隧道」や、12月に出かけた「横山隧道」と似ており
ポータルの構造は、石と煉瓦であり“フルセット”の装備である

異なるのは“ピラスター”が“笠石”を貫いていないことだけだ
「賤ケ嶽隧道」や「横山隧道」は手厚く保存されているが
この「佐和山隧道」は、同じ“近代土木遺産”に登録されているにもかかわらず
何の保護(立ち入り禁止の看板さえ無い)もされていないことが寂しい
もっとも隧道内部は水が溜まっており、立ち入るのは無理なのだが

いつものように、before・afterの航空写真で検証してみる
まずはグーグルの地図(現行)
「○この辺」とあるのが、旧隧道の西側入り口だ

2006年の航空写真
上の地図通りに
国道8号が直線で佐和山を最短距離で貫通しているのがわかる

そして1948年の航空写真
佐和山の谷に当たる所まで迂回して貫通している
・・・っていうか、まだ国道8号が無い

“ヌカヌカ”の道をバイク停め位置まで戻り
車線の反対側を見ると

「佐和山歴史館」とあり、後で寄ってみることにする
バイクを押しながら歩道で50mほど戻る
佐和山城跡へはハイキングコースになっている

三成に過ぎたるものが二つあり
島の左近に佐和山の城
と、うたわれたほどの“堅城”であり
標高230mほどの頂に目指す本丸跡はある

最初はハイキングコースなのだが、段々と険しくなり
途中何度も「また今度来よう」と挫折しそうになる
中腹あたりから見られる有名な「彦根城」
関ヶ原戦以降、井伊直政が佐和山城に入るのだが
しばらくして「彦根城」に移城したため、佐和山城は軍事的意図で徹底的な破壊にあう

ハイキングコースは小鳥のさえずりや木々の新緑で癒されるものがあるのだが
皮のパンツに皮のジャケット、ドロドロのブーツでは
ハイキングに向かないことも学習した
(他のハイカーとすれ違うのに恥ずかしいし・・・)
20数分で頂上の本丸跡に到着


木々が少々遮るも、四方の見晴らしは抜群である


三成がこの地で何を思い、何を考え、
「関ヶ原戦」という史上に残る大プロジェクトを興したのか思いにふける
(ホントは、お昼ごはんに何食べようか考える)
30分くらいまったりして、本丸を後に下山する
石垣すら残っておらず、城めぐりには不向きかもしれないが
他のやたら親切すぎるレプリカ城で興ざめした思い出があるので
想像に頼ることが大きい「手を加えていない城跡」にむしろ好感が持てた
バイク駐車地に戻り、反対車線側の「佐和山歴史館」に徒歩で向かう
「五重塔」やら「金閣寺」っぽいのがあり、何やら胡散臭いのと
入場料が1,000円もするので躊躇なく入館を止めることにした
この後R8を北上し、R21から大垣へ向かい
大垣から名神で帰路についた
お昼ごはんは近所の「あんかけスパ」
お気に入りのメニューは
「ソーセージベーコンの“L”で“スパイシー”」(850円)

パスタデココのホームページ
東海人は、週一で「あんかけスパ」を食しています
「石田三成」が興した“西軍”が、関ヶ原の戦いにおいて「徳川家康」の“東軍”に敗れ
その後の三成は「奸臣・佞臣・横柄な小人物」と言われ、大変低く評価されている
史実は勝者によって塗りかえられたり、改ざんされるのが常套で
歴史の結果を知る我々は、徳川側の残した多くの情報で三成を評価している
主家豊臣に対する“忠義”を貫き通し
斬首される寸前まで希望を失わなかった三成が気になる・・・と言うかファンである
三成の居城であった“佐和山城跡”の付近に、廃棄となった隧道がある事を知って
この“佐和山”という美味しいポイントに、いつかは出かけてみようと考えていた
そんな時、とっちゃんから「朝駆けに付き合え!」と連絡が入る
天気が良ければ、4/18or19日に
「道の駅 立田ふれあいの里」
早朝ミーティング(6:00~7:30)ってどうですか。(原文のまま)
ソロで行動する時は「適当な時刻にスタート」となるのがほとんどで
この声かけは、そんな自分の怠惰な行動から脱却するキッカケになった
で、当日am5:20
天気予報は快晴であったが、どんよりとした雲が空一面を覆っている
寒くは無いが、不安を残したまま自宅を出る
稲沢を経由してR155に入り南下する
さすがに通行量は少なく、すんなり集合場所(道の駅「立田ふれあいの里」)に到着する

am6:00~am7:30と言うファジーな時刻を指定されたが
とりあえず、最初の時間には間に合った

缶コーヒーで暖を取っている時にとっちゃんの到着

この「朝駆け」は、年中問わずとっちゃんのライフイベントだそうだ
これから11月くらいまでは、都合が合えばお付き合いさせていただきますよん♪

しばらくの団らん後、とっちゃんは垂井へ行くとのことで解散となる
この後オイラはR258に出て北上を開始
県道25号で「二ノ瀬峠」と、国道306号で「鞍掛峠」を越えて彦根に入る
もちろん、タイヤの端を削るような危ない真似はしなかった
国道8号と合流したら目的地のアタックポイントはすぐにあった

現役の「佐和山トンネル」(右)と、歩行者用の「トンネル」(左)である
この現役の車道トンネルは昭和28年の完成だが
成型と思われるアーチが施してあるのがわかる
「隧道宝庫の滋賀県」の面目躍如だ

さて、廃棄となった隧道は民家へ繋がる気がするこの歩道
隧道の竣工された大正13年に「国道8号」があったかどうかわかんないが
車道であったことには間違いない

どんどん進む

やがてアスファルトは途切れて獣道となる
しかも、雨水をたっぷり含んだ土は“ヌカヌカ”である
ブーツでよかった(ドロドロになったけど)

放置されてかなりの年月が経過したのであろう
苔に覆われた年代物の廃車が数台放置されている
ほとんど竹藪と化した“旧車道”を嫌々進みながら、とうとう見つけた

佐和山隧道である
去年12月に出かけた「長野隧道」並の感動だ

↑“扁額”には何て書いてあるのかよくわからん

写真は、シャッタースピードを遅くしているので明るく見えるのだが
実際には、全体が年中日の当たらなそうな日陰であり、ジメジメとした印象である
デザインは先週見学した「賤ケ嶽隧道」や、12月に出かけた「横山隧道」と似ており
ポータルの構造は、石と煉瓦であり“フルセット”の装備である

異なるのは“ピラスター”が“笠石”を貫いていないことだけだ
「賤ケ嶽隧道」や「横山隧道」は手厚く保存されているが
この「佐和山隧道」は、同じ“近代土木遺産”に登録されているにもかかわらず
何の保護(立ち入り禁止の看板さえ無い)もされていないことが寂しい
もっとも隧道内部は水が溜まっており、立ち入るのは無理なのだが

いつものように、before・afterの航空写真で検証してみる
まずはグーグルの地図(現行)
「○この辺」とあるのが、旧隧道の西側入り口だ

2006年の航空写真
上の地図通りに
国道8号が直線で佐和山を最短距離で貫通しているのがわかる

そして1948年の航空写真
佐和山の谷に当たる所まで迂回して貫通している
・・・っていうか、まだ国道8号が無い

“ヌカヌカ”の道をバイク停め位置まで戻り
車線の反対側を見ると

「佐和山歴史館」とあり、後で寄ってみることにする
バイクを押しながら歩道で50mほど戻る
佐和山城跡へはハイキングコースになっている

三成に過ぎたるものが二つあり
島の左近に佐和山の城
と、うたわれたほどの“堅城”であり
標高230mほどの頂に目指す本丸跡はある

最初はハイキングコースなのだが、段々と険しくなり
途中何度も「また今度来よう」と挫折しそうになる
中腹あたりから見られる有名な「彦根城」
関ヶ原戦以降、井伊直政が佐和山城に入るのだが
しばらくして「彦根城」に移城したため、佐和山城は軍事的意図で徹底的な破壊にあう

ハイキングコースは小鳥のさえずりや木々の新緑で癒されるものがあるのだが
皮のパンツに皮のジャケット、ドロドロのブーツでは
ハイキングに向かないことも学習した
(他のハイカーとすれ違うのに恥ずかしいし・・・)
20数分で頂上の本丸跡に到着


木々が少々遮るも、四方の見晴らしは抜群である


三成がこの地で何を思い、何を考え、
「関ヶ原戦」という史上に残る大プロジェクトを興したのか思いにふける
(ホントは、お昼ごはんに何食べようか考える)
30分くらいまったりして、本丸を後に下山する
石垣すら残っておらず、城めぐりには不向きかもしれないが
他のやたら親切すぎるレプリカ城で興ざめした思い出があるので
想像に頼ることが大きい「手を加えていない城跡」にむしろ好感が持てた
バイク駐車地に戻り、反対車線側の「佐和山歴史館」に徒歩で向かう
「五重塔」やら「金閣寺」っぽいのがあり、何やら胡散臭いのと
入場料が1,000円もするので躊躇なく入館を止めることにした
この後R8を北上し、R21から大垣へ向かい
大垣から名神で帰路についた
お昼ごはんは近所の「あんかけスパ」
お気に入りのメニューは
「ソーセージベーコンの“L”で“スパイシー”」(850円)

パスタデココのホームページ
東海人は、週一で「あんかけスパ」を食しています
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コメント
昨日の呑みすぎオヤジです。
昨日は早く寝たオヤジです
朝早く起きると一日が長く使えますが、寝るのも早いでした
来週の発表会(?)に向けて“練習”をしなければならないことがあるので
今日は出掛けるところとか考えてませんですが
春日井にラーメンでも食べに行きますかな?
来週の発表会(?)に向けて“練習”をしなければならないことがあるので
今日は出掛けるところとか考えてませんですが
春日井にラーメンでも食べに行きますかな?
おはようございます。
先ほど起きました
何の発表会ですかかな?
春日井のラーメンお供しますよ。
何の発表会ですかかな?
春日井のラーメンお供しますよ。
おおぉ~ それならば
おはようございます
はじめまして、「佐和山検索」でこちらにたどり着きましたヒヨと申します。
歴史が好きで、この佐和山にも1人で額に汗しながら登ったのですが、「レプリカ城で興ざめした」
って思いは激しく同感です(`艸´;)笑
彦根城より佐和山城、長浜城より小谷山城が
好きで関西圏の史跡めぐりが趣味なのですが
まつさんのブログを拝見して気になった事が
あったのでコメントさせていただきますね
佐和山歴史館(佐和山遊園)はオープンする事
なく廃墟になってしまいましたが
今でも敷地内に入る事はできますよ
廃墟に入ると普通は不法侵入になっちゃいますが
ここは入り口に「ご自由にどうぞ」と書いてくださって
いるので無料で入る事ができます
ここのお城の前では手造り感あふれる
石田三成像も見る事ができますよ(笑)
訳わかんなくなる摩訶不思議な所ですが
次回は是非とも勇気を出して中に入ってくださいね
歴史が好きで、この佐和山にも1人で額に汗しながら登ったのですが、「レプリカ城で興ざめした」
って思いは激しく同感です(`艸´;)笑
彦根城より佐和山城、長浜城より小谷山城が
好きで関西圏の史跡めぐりが趣味なのですが
まつさんのブログを拝見して気になった事が
あったのでコメントさせていただきますね
佐和山歴史館(佐和山遊園)はオープンする事
なく廃墟になってしまいましたが
今でも敷地内に入る事はできますよ
廃墟に入ると普通は不法侵入になっちゃいますが
ここは入り口に「ご自由にどうぞ」と書いてくださって
いるので無料で入る事ができます
ここのお城の前では手造り感あふれる
石田三成像も見る事ができますよ(笑)
訳わかんなくなる摩訶不思議な所ですが
次回は是非とも勇気を出して中に入ってくださいね
はじめましてヒヨさん
はじめましてヒヨさん
ブログ拝見させていただきました
お好みの時代も、ほぼ同じです♪
信長が“中部地区予選”を勝ち進んでいく過程の跡が、私の自宅から半径20km以内にすべて存在します
ご都合が合えばご一緒しましょう!
ブログ拝見させていただきました
お好みの時代も、ほぼ同じです♪
信長が“中部地区予選”を勝ち進んでいく過程の跡が、私の自宅から半径20km以内にすべて存在します
ご都合が合えばご一緒しましょう!
コメントの投稿
« 09.04.19 瀬戸地下軍需工場跡と行列の出来るラーメン屋さん l Home l 09.04.17 やっちまった! »
一安心ですね。
昨日は半分酔っ払っていて名前入れ忘れたみたいで申し訳ありません、
明日は暇しております、何処かお出かけならお付き合いさせて下さい。